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らうー編・入院生活、退院後

2009年03月02日 12:03

時期的に紛らわしいですが、

四年半前のらうー出産後の入院生活・退院後の記録です。


興味とお時間のある方、読んで頂けたらうれしいです。
入院生活、何が地獄だったかというと、



おっぱいが出なかった。



らうーを出産した病院は、自然な出産にならび、母乳育児にも力を入れている。

私も一人目だし、産後のハイと重なりヤル気満々。


しかし、ガチガチに張るが出ないおっぱい。
マッサージしてくれるが、拷問のように痛い。

らうーは吸っても出ないので頻繁に泣く。
泣いたら吸わせるようにとのことなので、ほぼ吸わせっぱなし。

夜は、眠れたもんじゃない。

授乳した時間を記録していたけど、三十分刻みの枠を埋め尽くす記録。

食事も、ベッドの脇にテーブルがあり、それぞれ食べるスタイルだったので、
おっぱいをあげながら食べていた。

希望すれば、糖水をほんのちょっぴり与えてくれる。

乳首は切れて痛い。
なにやら塗ってもらった。

当然らうーの体重は減っていく。

痛い。眠れない。赤ちゃんの体重は増えない。

入院中の食事が美味しかったり、
おやつが美味しかったり、(プリンが最高(^u^)でした)
パパや親戚、友人がお見舞いに来てくれて嬉しい事もあるとはいえ、
やはりドーンと落ち込む時もあった。

助産師さんと話をしていて泣いた時もあった。

そんな入院生活。

変化があったのは、退院する朝。



らうーの体重が増えた!!!!!



もしも出ないままだったら、かなりブルーに退院していたはず。
神様、ありがとう!!


パパは仕事だったので、実母が迎えに来てくれた。
台風が来た翌日だったので、9月末だったけど、蒸し暑く、晴れて風の強い日だった。


実家に帰って仕事をしてる父にらうーを見せると
「T(私の弟)が産まれた時みたいな顔してるなあ。」
「ふっふっふ・・・」なんて笑ってた。


そしてらうーは、抱っこ魔になった。


なるべく母乳で頑張ったので、頻繁に泣き、
抱っこをしていないとよく泣いていた。

食事を摂るのもままならず、父、母に抱いてもらって交代で食べたりしてた。


和菓子屋という職業柄、父は早起きなので
早朝起きても父が起きていると一人じゃない気がして安心できた。
夜中はおっぱいあげておむつを替えてしばらく抱っこしてからでないと
寝なかったので、ラジオの深夜番組をよく聞いていた。
これも「起きてるのは自分だけじゃないんだ」って思えて心強かったっけ。

沐浴は父が手伝ってくれた。
父は昔の世代には珍しく、家事や育児に積極的なのだった。
(オムツ替えは絶対にやらなかったが・・・)

母は「粉ミルク万歳」の時代に私達3人きょうだいを育てたせいか、
頻繁に泣くが母乳で頑張るのにやや批判的だった。
(この件ではケンカしたなあ~)
そうはいっても大飯食らいの私が足りるように食事を作ってくれて、
夜中もお腹が空いてるのを察して夜食も用意してくれて、
らうーの面倒もたくさん見てくれた。

兄は、身近に赤ん坊がいる状態が初めてなので
渡した時だけおっかなびっくり抱っこをしてくれた。
離れたところでらうーが泣いていたり、
「なんか危ないんじゃない?」という時に早く気づいて教えてくれた。


実家には、切迫早産となった8ヶ月から産後の一ヶ月検診が済むまで
いたので、自宅に帰る時にはさすがに泣けた。

こうしてパパとらうーと私の3人の生活が始まった。


長いのでらうー・1歳までに続きます。

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